ネガフィルムのスキャンに活用しているvue scanがバージョンアップで、今まで異なる動作となった。
フィルムスキャンの時は、必ず『多重露光』を行って、ダイナミックレンジを稼いでスキャンしている。それが現行バージョンの2.5.11で、できなくなった。読み取り原稿を『カラーネガ』設定すると、多重露光のメニューが消えてしまうのだ。これを『ポジフィルム』にすると再び表示される。ネガフィルムに対して多重露光ができなくしたのか?
もしかして、プログラムのバグで、2.5.12で修正されるのであろうか?と思って、次期バージョンを待つことにした。
とここで、ファイルサイズを確認すると、多重露光していたときのファイルサイズと同じ。うーむ、わからない。
さらに、新バージョンの説明を読むと、ネガフィルムのスキャン時には多重露光を使用できないようになったと書いてある。
ネガのスキャンで、ダイナミックレンジを稼ぐ多重露光ができなくなったのは困ります。
vue scanは、時々変なミスをやらかすので、新しいバージョンを待つしかない。以前もファイル保存がえらく面倒になったバージョンがあり、2回目ぐらいのバージョンアップで、もとのシンプルなやり方に戻ったこともあった。
ユーザーの少ないソフトってのは、掲示板フォーラムもないし、面倒。
2015年5月31日日曜日
2015年4月26日日曜日
1980年代前半の北海道の特別な急行列車〜急行紋別について
昨日、ソニーの電子書籍で、復刻版の時刻表を購入した。
1980年10月、ダイヤ改正号だ。JR化後はダイヤ改正は3月中旬の土曜日に固定されているようだけれど、国鉄時代は3月に加え、10月にも実施されていた。
表紙は、千歳空港駅(現在の南千歳駅)の開業に合わせて、札幌駅に停車中の電車特急ライラック号の停車中風景。この号は、私自身が初めて買った大きいサイズの時刻表なので、ソニーの電子書籍のライナップを見て発見した時は、『おっ〜!』と驚いてしまい、内容はともかく購入してみたかった。
北海道のダイヤを見てみると、結構面白くて、時間のたつのも忘れるぐらいだった。
石勝線が開業する前なので、函館-(札幌)-釧路を走る『特急おおぞら』は、滝川駅/富良野駅経由で走っているのが、なんとなく懐かしい。
ふと、函館本線のページを眺めていたら、『急行大雪+紋別+はぼろ』を見つけた。この急行列車(気動車)、1983年3月に札幌→興部を乗車した思い出のある急行だ。
名称の異なる列車を併結運転するのは昔からあったようなので、なんでもないが、3列車分を併結した状態で出発するというのは、ちょっと珍しく思った。北海道旅行でうまく時間がはまったので、利用することにした。3階建列車の車内放送は、なかなか興味深くて、札幌駅出発してからの車内放送には聞き耳を立てて、じっと聞いていた。予想通り、長い!長い!(笑 夕食の駅弁を購入して札幌17時過ぎに出発、満席。編成も12両はあったと思う。深川駅で『急行はぼろ』を解放した写真があった。旭川駅を過ぎると、ほんとうに真っ暗で、車内灯に照らされた巻き上げる雪煙が見えるだけの退屈な乗車だった。22時ぐらいに駅前旅館に着いた時は、乗り疲れでぐたっとしていた。
編成表を見てみると、なんだか3列車の連結順序が違うような気がする。もし、1983年の時刻表が発売されたら、購入して確かめてみたいと思う。
しかし、1983年の旅行時と、1980年の時刻表の内容はほとんど同じというのは驚き。運転時刻もほとんど変わりないように思える。国鉄のダイヤ改正がほとんど進まなかったのは、労働組合の無意味な抵抗が大きく影を落としていたのは、生徒時代の私でもわかっていたけれど、今、あらためて労働組合が、住民の生活環境改善まで足を引っ張っていたのだなと感じる。
1980年3月の時刻表
急行 大雪5号 ; 札幌→旭川 指定席とグリーン車付き
急行 はぼろ ; 札幌→幌延 羽幌線経由で22:40に羽幌駅到着 指定席付き
急行 紋別 ; 札幌→興部(→遠軽 興部から普通列車になる) 指定席付き
1980年10月、ダイヤ改正号だ。JR化後はダイヤ改正は3月中旬の土曜日に固定されているようだけれど、国鉄時代は3月に加え、10月にも実施されていた。
表紙は、千歳空港駅(現在の南千歳駅)の開業に合わせて、札幌駅に停車中の電車特急ライラック号の停車中風景。この号は、私自身が初めて買った大きいサイズの時刻表なので、ソニーの電子書籍のライナップを見て発見した時は、『おっ〜!』と驚いてしまい、内容はともかく購入してみたかった。
北海道のダイヤを見てみると、結構面白くて、時間のたつのも忘れるぐらいだった。
石勝線が開業する前なので、函館-(札幌)-釧路を走る『特急おおぞら』は、滝川駅/富良野駅経由で走っているのが、なんとなく懐かしい。
ふと、函館本線のページを眺めていたら、『急行大雪+紋別+はぼろ』を見つけた。この急行列車(気動車)、1983年3月に札幌→興部を乗車した思い出のある急行だ。
名称の異なる列車を併結運転するのは昔からあったようなので、なんでもないが、3列車分を併結した状態で出発するというのは、ちょっと珍しく思った。北海道旅行でうまく時間がはまったので、利用することにした。3階建列車の車内放送は、なかなか興味深くて、札幌駅出発してからの車内放送には聞き耳を立てて、じっと聞いていた。予想通り、長い!長い!(笑 夕食の駅弁を購入して札幌17時過ぎに出発、満席。編成も12両はあったと思う。深川駅で『急行はぼろ』を解放した写真があった。旭川駅を過ぎると、ほんとうに真っ暗で、車内灯に照らされた巻き上げる雪煙が見えるだけの退屈な乗車だった。22時ぐらいに駅前旅館に着いた時は、乗り疲れでぐたっとしていた。
編成表を見てみると、なんだか3列車の連結順序が違うような気がする。もし、1983年の時刻表が発売されたら、購入して確かめてみたいと思う。
しかし、1983年の旅行時と、1980年の時刻表の内容はほとんど同じというのは驚き。運転時刻もほとんど変わりないように思える。国鉄のダイヤ改正がほとんど進まなかったのは、労働組合の無意味な抵抗が大きく影を落としていたのは、生徒時代の私でもわかっていたけれど、今、あらためて労働組合が、住民の生活環境改善まで足を引っ張っていたのだなと感じる。
1980年3月の時刻表
急行 大雪5号 ; 札幌→旭川 指定席とグリーン車付き
急行 はぼろ ; 札幌→幌延 羽幌線経由で22:40に羽幌駅到着 指定席付き
急行 紋別 ; 札幌→興部(→遠軽 興部から普通列車になる) 指定席付き
2015年1月19日月曜日
日の出の時刻に、羽田空港第2ターミナル展望台へ
日曜日の朝は、羽田に行った。撮影日和だったからだけれど、本当の撮影日和は、前夜に雨が降った土曜日の朝だった。日曜日にしたのは、寝坊したからという単純な理由。
撮影者は、4、5人ほどの静かな環境。
Nikon D7000
Tamron 70-300mm VC
ちょっと高度が低くて、太陽に飛び込んでくれませんでした。おしい。
Fujifilm X-T1
Carl Zeiss T* Mirotar 8/500mm AE
B787-8 はもう、新型というより、見慣れた機体になりました。
Fujifilm X-T1
Carl Zeiss T* Planar 2/100mm MM
オールドレンズを航空機撮影に使うとは、夢にも思いませんでしたが、プラナー100mmは、そつなくこなしてくれます。フィルムでも銘レンズだけあって、デジタルでも使い物になります。
ただ、500mmはなんか調子が今ひとつです。思ったほど解像してくれませんし、ブレのせいもありますが、がっかりした仕上がりが多いです。マウントアダプターの精度も絡んでいるのかもしれませんが、主力で使いたいレンズが500mmだっただけに、なんかできるだけの整備をして、X−T1で使いたいものです。一度、京セラでオーバーホールしてみようかとも考えています。今年の4月まで受付だとか。
2015年1月5日月曜日
2015年の初撮り
5日に初撮り。例年、2日とか3日には撮っていたのですが、今年はのんびり5日となってしまった。
つばさ公園(東京都大田区)にでかけて、ルフトハンザ航空のB747-8iをねらいました。
ウォーニングアップで、16−85mmを使って3機撮り。飛行機が小さいのは仕方ないか。
縦構図で、ウォーニングアップの続き。東の空まで、マゼンダに染まり始めたのが、綺麗でした。 B787がグーンと上昇して行きます。
と、なんだか空港内での飛行機の移動(滑走路までの動き)が意味不明だなと思っていたら、なんと北風から南風に変わっていたのです。離陸方向が逆に!
つばさ公園(東京都大田区)にでかけて、ルフトハンザ航空のB747-8iをねらいました。
ウォーニングアップで、16−85mmを使って3機撮り。飛行機が小さいのは仕方ないか。
縦構図で、ウォーニングアップの続き。東の空まで、マゼンダに染まり始めたのが、綺麗でした。 B787がグーンと上昇して行きます。
と、なんだか空港内での飛行機の移動(滑走路までの動き)が意味不明だなと思っていたら、なんと北風から南風に変わっていたのです。離陸方向が逆に!
真冬のB滑走路着陸が見られました。と同時に、狙っていたルフトハンザのB747−8iが、のそのそと移動orz 上の2枚のように、離陸して行く姿を撮りたかったのに。
仕方ないと思いつつも、夕日を浴びる着陸機をガンガン撮影。
B777−200も良い感じで撮れました。
B787も見慣れた姿になってきました。鉄柵が無ければ良い写真なのですが。
全て Fujifilm S5proで撮影。
2014年11月9日日曜日
高津森林道(山形県)から 山形ミニ新幹線つばさを撮影
10/25、東北地方の林道を走ってきました。
紅葉が始まっており、とても綺麗な色が見られました。
今回の主目的は、山形ミニ新幹線を撮影することであったため、撮影ポイントに近い入り口から入り、撮影ポイント往復にとどめました。
高津森林道は、旧山形街道ちかくを通っており、林道から旧宿場(廃墟)へ抜ける道も存在しています。また、不通区間もあることから全線走行は不可能です。
ちょっと紅葉に早い、南斜面。
Fujfilm S5pro Nikkor 16-85mmVR
2014年7月3日木曜日
2014年6月29日日曜日
B777が、早くも退役はじまる。
B777の退役が発生した。1996年2月という18年前に、登録番号JA8981、『シリウス』という名前がつけれら、JALでの初のB777が就航した。
B747がお祭り騒ぎの中、華々しい引退だっただけに、この静かなB777の引退開始は、ショックだった。B777に搭乗したのは、おそらく1997年以降だと思う。伊丹(もしくは羽田)⇄千歳を毎月往復していた時代、B747を選んで搭乗していたので、B777には目もくれていなかった。当時はANAの尾翼に777と塗装されていた記憶がある。搭乗したのは、ちょうど良い時間にB747がなかったからに違いない。
このJA8981、当然JALの主力機であるから、羽田ベースで頻繁に飛んでいたはずで、比較的多く撮影しているだろうと、撮影機の記録表を検索したら、2011年7月に特別塗装の状態を撮影していた。
B747がお祭り騒ぎの中、華々しい引退だっただけに、この静かなB777の引退開始は、ショックだった。B777に搭乗したのは、おそらく1997年以降だと思う。伊丹(もしくは羽田)⇄千歳を毎月往復していた時代、B747を選んで搭乗していたので、B777には目もくれていなかった。当時はANAの尾翼に777と塗装されていた記憶がある。搭乗したのは、ちょうど良い時間にB747がなかったからに違いない。
このJA8981、当然JALの主力機であるから、羽田ベースで頻繁に飛んでいたはずで、比較的多く撮影しているだろうと、撮影機の記録表を検索したら、2011年7月に特別塗装の状態を撮影していた。
ハワイ州観光局よりのハワイ塗装。
2011年7月10日 朝の羽田空港で撮影。
Nikon D7000
Tamron VC70-300mm
国内線専用機なのになぜハワイ観光誘致の塗装?と思ったけれど、国際線より国内で広告するのが当たり前なんだから、国内線専用機で宣伝なのか。
B767と並んで移動
B767は出発。B777-JA8981は、これからスポットへ向かう。
わくわくハワイの特別塗装は、2013年には終わり、通常のJAL塗装に戻されている。その写真はなさそうだ。
しかし、もう18年も立っていたのかと驚いた。また、白く塗られたB777を羽田空港で見かけた時も、正直驚いた。飛行機の耐用年数というのは20年だそうで、少し早い退役だった。いずれA350-Xに置き換えられるとは知っていても、その退役はA350-Xの就航開始後だと思っていたからだ。これから、B767とB777の白装束を、羽田空港で見かけることになるのだろう。
B777は、着陸時の車輪を出した姿が、鳥みたいで好き。特に-200は引き締まった姿で着陸してくるので、なかなかいいなぁと思っている。これからもちゃんと撮ってゆこう。
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